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| 1956年 |
島根県松江に生まれる |
| 1980年 |
千葉大造園学科卒 鈴木昌道造園研究所入所 |
| 1990年 |
PLACEMEDIA 設立 |

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私たちがイーブンパートナーシップによる設計組織を設立したのは1990年。列島をおおいつくしたバブル経済にも翳りがみえはじめた頃のことである。未曾有の建設ラッシュによって切り刻まれた土地、その傷口を繕うために、広く流通しはじめた「ランドスケープ」がもてはやされた。あるいは、「ランドスケープ」によって土地の表層に施された厚化粧は、バブルの宴の中で、視覚的に消費されていったことになるであろうか。いずれにしても、そのような状況に対する漠然とした不安と不満を共有しながら、私たちは設計活動をスタートさせた。
いくつかのプロジェクトを経て、この職能に向かう私たちの視線の先に、おぼろげながら像を結びはじめたものは、風景の中に存在する不変のかたちではなく、変幻万化をくりかえす現象であったと思う。現象のデザインは、建設という行為を通じて、環境の中につくり手の意思を一方的に表現することでは達成されえない。土地の相貌の裏側にある自然と社会と時間の積層をときほぐしながら、人の感性に訴えかける「何か」を誘い出すための状況設定が必要になるであろう。そう考えたとき、それは顕現という概念によって最も適切に表現されるのではないか。風景は、建設するものではなく、顕現するものだということである。
顕現とは、そのままでは知覚できない(見えない)ものを、知覚できるように、何らかの媒体を通じて変換することである。その時、環境の中に投入される媒体は、それ自体が単独で何らかの意味を発信することはないし、そうであってはならない。あくまでも媒体と、媒体が投入された環境の現実とのあいだに発生するコミュニケーションが、意味あるものとして、そこに在る者に訴えかけることを期待している。虚構としての風景を建設することとの違いを、こころみることができるはずだ。無論、建設という行為を支える技術体系としての土木、建築、造園は不変であり続けるであろう。風景のデザインとは、そうしたハードな技術体系を基盤としつつも、それらとは位相の異なる平面において追求されるべきものなのかもしれない。
建設(コンストラクション)と顕現(スケーピング)、その間で多少の振幅があったとしても、過去数年間にわたる私たちの活動は、後者へとシフトする軌跡を描きはじめていると思いたい。その軌跡の先に何が見えてくるのかは、私たちにもわからない。ただ、創造的好奇心が刺激されるのみである。
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