佐野 寛(さの ひろし)
1935年   東京に生まれる
1958年   東京芸大工芸科卒
日本ビクター(株)入社
1960年 日本橋高島屋宣伝部
1965年 (株) モス・アドバタイジング
2002年 (株) SDS研究所所長

東京学芸大学教育学部教授
東京造形大学講師 等歴任
グラフィック系 JDCA メンバー

時流にのれば成功する
2003年、日本は年ごとに酷くなるデフレスパイラルの渦中にあり、未来への展望を失っている。村上龍のいう「失われた10年」は「失われた12年、13年」となろうとしている。1月の NHK スペシャルでは松下電器の中村社長が「大量生産大量消費型ビジネスモデルは終わった!」と叫んでいた。そのとおり、20世紀アメリカ文明に代表される大量生産大量消費文明は終焉を迎えようとしている。拡大し続けないと崩壊する宿命を負った大量生産大量消費経済は、グローバル経済の名のもと、WTO に加入した中国に「最後の巨大市場」の可能性を見い出し殺到している。
だがほんとうに未来は暗いのだろうか。逆だと思う。暗いのは大量生産大量消費経済の未来であって、人間社会の未来ではない。どころか、大量生産大量消費経済から疎外されてきたもろもろ、地域経済、地域社会、地場産業、農林水産業、少量生産品、手づくり飲食料品、金の掛からない遊び、などにはこれからいっせいに「わが世の春」が来るだろう。そうしたもろもろを押し流してきたアメリカ文明型大量生産大量消費経済の巨大な力が脱力しはじめている。そしてその巨大な力に疎外されてきたもろもろが再生するのだ。現に、厳冬の中で芽吹きに備えてきた花々が、ちらほらと、咲き始めている。
そして、これがいちばん言いたいことなのだが、そうした時代の潮流に乗って、個々の計画を早く間違いなく高度なレベルで実現させるために 「デザイン」が大きな力を振るう。「デザイン」とは心に思い描いたことを最適なカタチで外部化し外在化させる仕事のことであり、同時にその結果としてのモノやコトのことだ。そしてわれわれは、いや私は、最良のデザイン力を組織することができる。私の場合、条件は一つだけ、私に依頼してくる人の情熱が、大量生産大量消費経済と逆の方向を向いていることだけだ。本当の意味で「モノの豊かさ」ではない「心の豊かさ」の方を向いていることだけだ。
私は30歳の時デザイン会社を創立し、大量生産大量消費経済の流れに乗った商品や商品売場の発展のためにデザインの力を振るってきた。だが1980年代「軽薄短小時代」の中で考えが変り、「軽薄短小」が象徴するポストモダン現象を批判する側に回った。だがしかし「言うは易く行うは難し」の言葉どおり、言うだけでは力にならない、ということを身にしみて感じ続けてきた。そして、長年に渉って主張し続けてきた「持続可能な発展のためのデザイン」を実行するべき会社をつくった。それが SDS 研究所だ。SDS 研究所内には汗を流して働く少数の人間がいるだけで、知識や経験や芸術的才能を振るう人たちは皆外にいる。その多様多彩な才能群を必要に応じて「チーム化」し、早く安く上手く問題解決を行うのだ。
私がこれまで積んできた経験の領域は、デパートで商うようなモノなら何でも、そして前向きの情熱が実現させる類のコト(イベント)の計画づくり、景観や外観づくり、本や番組づくり、街の商店街づくりなど実に様々だから、多分、どんな要請にも応えられる。ただし私は忙しい。つまみ食いする類の人はお断りする。 私への話は http://www.sds-lab.jp の相談窓口に、いつでも。
佐野 寛(佐野山寛太)
略歴:
1958年3月 東京芸術大学美術学部工芸科図案部 卒業
1958年4月 日本ビクター株式会社 入社
1960年3月 日本橋高島屋宣伝部 嘱託
1965年8月 株式会社モス・アドバタイジング創立
1989年4月 東京学芸大学教育学部 教授(デザイン講座)
1989年6月 東京学芸大学大学院
教育学研究科美術教育専攻(デザイン講座)担当
1996年4月 大学設置審議会教員審査「博士課程担当」
1996年6月 東京学芸大学大学院
連合学校教育学専攻博士課程芸術系教育講座 教授
1999年3月 東京学芸大学定年退官
1999年4月 株式会社モス・アドバタイジング代表
2000年4月 東京造形大学講師(広告論)
2001年4月 目白大学人間社会学部メディア表現学科 特任教授
2001年4月 仁愛大学講師(デザイン文化論)
2001年12月 株式会社モスデザイン研究所 社長
2002年11月   株式会社SDS研究所 所長
学会等:
日本デザイン機構理事/ 日本デザイン学会会員/ 都市環境デザイン会議会員
日本環境教育学会会員/美術家教育学会会員
日本グラフィックデザイナー協会会員
賞罰:
1994年10月 平成6年度デザイン功労者表彰受賞
1998年10月  グッドデザイン選定制度40年記念功労審査員表彰受賞
活動歴:
興和新薬のマスコットカエルの生みの親。高島屋時代は、1962年に退社した草刈順氏の後を受け、アートディレクターとして、伊勢丹、西武に追い上げられていたブランドイメージを守り抜いた。モス創業後は、キッコーマンの「デルモンテ」「マンズワイン」を始めとする各種商品の商品企画、パケージデザイン、「夫婦でワイン」のCFを始めとする広告全般から、スーパーの開店キャンペーン(74年ダイエー碑文谷店等)まで幅広く手がけ、大学教官になってからは、環境デザイン( 89年横浜博覧会会場景観演出ディレクター、95年幻の世界都市博会場演出ディレクター、神奈川県藤野芸術の村構想策定委員会委員長、板橋区景観保存計画基本構想策定委員会委員長、ミナトミライデザイン懇話会委員etc.)地域CI手法による地域おこし(北海道早来町、木曽福島町、宇都宮商工会連合会etc.)などに取り組む一方、デザイン教育、マスメディア、写真等に関する執筆活動を続けて来た。最近は「持続可能な発展」に関わる生活と消費の距離問題、職と住の距離問題、新エネルギー問題、デジタル革命と21世紀的生活、高齢化社会と地域の再生等の問題に取り組んでいる。
著書:
『映し世の写真家たち』誠文堂新光社1978/佐野山寛太『透明大怪獣時代の広告』広松書店1983/佐野山寛太『広告化文明』洋泉社1985/佐野山寛太『人間縮小の原理』洋泉社1988/『21世紀的生活』三五館1996/『デジタル社会と印刷』トッパン・グループ総研1997/佐野山寛太『現代広告の読み方』文春新書 2000
編著:
『イメージエイジのヒーローたちと、時代を作った306写真』誠文堂新光社1977/『ガジェット・ブック』宣伝会議1983/ 『世紀末ビョーキ文明』新潮文庫1985
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