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九州芸工大環境設計学科講師 等歴任
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これからしばらく、この名称で仕事をしていこうと思っている。2年間、福岡市郊外の清掃工場に関わった。ゴミである。実におもしろい。生活の廃棄物が集まって処分される。ゴミではなく「廃棄物」と視点を変えれば、様々な切り口でデザインやアートが関与する可能性が見えてくる。「建築家」という公家さんたちが、見向きもしなかった施設が、実は美術館や博物館以上に文化施設に成りえることがわかってきた。次は下水処理場だと思っていたら、仕事がむこうからやってきた。そろそろ墓地もやりたいと思っていたら、友人が墓の設計を依頼してきた。近い将来、狙っているのは、究極の廃棄物処理場である葬儀場と斎場、それと電磁波を発する鉄塔である。確実に仕事が、向こうからやってくるという自信がある。
これからしばらく、このタイトルで少々、アカデミックな活動をする。「痴呆都市」である。「地方」ではない。同じような、ガラスとコンクリートの「透明な」とか「浮上した」とか形容される建築で、都市が痴呆化している。昨年、翻訳した恩師、エール大学のドロレス・ハイデンが書いた「場所の力」が弾みになっている。地層のように眠っている歴史を掘り起こし、その場のパワーを引き出す仕事は、確実に「地方」都市が、「痴呆」にならないために行わなければ、ならない作業である。この仕事も、着実に向こうからやってくる。
あと、15年現役をやりたい。その後は、 JICAのシニアボランテイアで、東南アジアの国々で最後のご奉公をして、「ぴんぴんころり」と去りたい。自分自身の、最後のデザインが一番むつかしい。デザイン世界の老害を見ていると、つくづくとそう思う。
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| 略歴: | |||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 活動歴: | ||
| 九州芸工大は、4期生である。国立ではじめてのデザインの大学で、確かにおもしろかったが、35年たって、しょぅも無い九大に吸収合併させられた。1976年に国連人間居住会議の国際コンペに入賞したのが「静脈デザイン」の出発点である。環境デザインを専攻したが、GKに就職した。工業デザインに関連する企画や市場調査などを行い、幅広くデザイン業界を知る機会を得た。その後、ロスアンジェルスのGKに転勤し、主にアメリカ向けバイクの企画などを行った。再度、アメリカで建築と都市計画を学びたくなって UCLA の大学院に入学。人生で最も勉強した時期である。「都市の記憶」は、この時、すでに意識にあった。アメリカで12年生活したが、その基盤がいまだに役立っている。福岡で事務所を開いて10年弱。郊外都市の有り様や、新しいライフスタイルの可能性など、おもしろいテーマが、まわりにあふれている。まさに、10坪の住宅から、清掃工場、30ヘクタールの新中心市街地計画まで、この幅の広さがたまらない。 | ||
| 現在進行中のプロジェクト: | ||
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・ 沖縄「対馬丸記念館」建築・展示 ・ 福岡市近郊 30ha の新市街地基本構想 ・ 福岡市近郊アートタウン構想 ・ NPO立ち上げ | ||
| 著書、論文など: | ||
| SD(スペースデザイン)6月号特集‐アメリカン・アーバンデザイン‐、ゲストエデイター 1987/ SD(スペースデザイン)6月号特集 ‐女性と住環境‐、ゲストエデイター1990/ 「アメリカン・ドリームの再構築」共訳、頸草書房 1991/ 色彩建築:モダニズムとフォークロア、INAX 出版 1996/ 写真集「笑うマチュグワー」うるま 1999/ 建築学会特集論文「都市とアートをつなぐもの」2001/ デザイン学研究特集「都市環境のレジビリテイとアンビギュイテイ」2001/ 「場所の力」共訳、学芸出版 2002 |
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