川床 優(かわとこ まさる)
1950年   福岡に生まれる
1975年 武蔵野美大建築学科卒
2006年〜 季刊「ユニバーサルデザイン」編集長

文化学院建築学科講師
武蔵野美大建築学科特別講師
産能大学情報環境学科講師
桑沢デザイン研究所講師 等歴任
評論系 JDCA メンバー

ユニバーサルデザインとは何か
“大局観”に立ったマクロな視点から
 「大局観」という言葉が私語になりつつあるように思う。なにもかもが細分化専門化され、視野狭窄に陥っている。とりわけデザインの世界ではそれが顕著である。たとえば「建築家」といえば、もともとは建築や都市計画からインテリアや家具やプロダクトまで、すべてをデザインする職能であったはずだ。話題のダ・ヴィンチのような天才は例外としても、かつては「ものを創ること」という基本に立って、さまざまなジャンルで多才な仕事をするデザイナーたちが多くの名作を残した。そこには既成概念を超えてものづくりに挑む強い意志と、より広く大きな視野から創造性を模索する挑戦的な姿勢があった。専門性の高さそれ自体は素晴らしいことだが、本来基本にあるべき総合的な構想力やマクロな視点を、教育カリキュラムや専門的なスキルといった社会的な枠組みによって細分化し、自由な発想を萎ませてはいないか。むろん、これはデザインに限ったことではない。
 今から90年も前に、かの夏目漱石は、「道楽と職業」と題した講演でこんな警鐘をならした。「開花の潮流が進めば進むほど、また職業の性質が分かれれば分かれるほど」「社会的知識が狭く細く切りつめられるので」我が国の文明は、完全な人間を日に日に不完全で駄目な人間にして進む、と。漱石の時代から級数的な職業の分化を見た今、我々は漱石の予見以上に大局観に立ったマクロな展望を失ってしまってはいないか。
UDに触れたとき歴史的節目の予感
 ただ、ことデザインに関しては、ようやく大きな転換期を迎えたと言えそうだ。おそらくそれは、近現代デザインが次のステージへと移行する大きなパラダイムシフトとも言うべき歴史的結節点となるのではないか。それが「ユニバーサルデザイン(UD)」の概念にはじめて触れたときに持った予感だった。そして、その予感は日に日にリアリティーを増している。UDとは、すべてのものを、誰のために、何のために、いかにデザインするのかという原点に立ち返って、細分化したデザインのジャンルを個々に普遍的な課題として捉え直し、俯瞰的に再統合していく方法を追求する概念である。
 UDは、これまでは特殊な目的でデザインされていたものを、より普遍的な対象へと開いていく思考法だ。たとえば、視力の弱い人にとって見やすく分かりやすいサインのデザインは、一般のすべての人にとってもより見やすく分かりやすいはずだ、というふうに。そこがバリアフリーとの発想の逆転でもある。また、その対象をフィジカルなモノや空間に限らず、企業理念や行政のシステムやライフスタイルといった、全方位のソフトまでをも対象にする点でも、UDは従来のデザインから大きくその視野を拡大していく。
 そもそもuniversalの訳語は、宇宙の、全世界の、万国共通の、万人の、普遍的な、などだ。ユニバーサルデザインという概念の登場は、1974年に米国の建築家で自ら障害者でもあったロナルド・メイス氏が提唱したことによる。以後、米国では社会的な弱者に対するさまざまな法整備が進められ、我が国もそれを後追いするかたちで導入が進められている。このメイス氏の提唱の3年前、同じ米国で1冊のデザイン書が刊行された。工業デザイナーであり教育者でもあったヴィクター・パパネック氏の『生きのびるためのデザイン』である。そこにはすでにサステナブル(持続可能)な地球環境と人間の営みに、デザインまたはデザイナーはいかに寄与すべきかが先鋭的に予見されており、今もデザインのバイブルのひとつとなっている。そして、軌を一にしたこの2つの思想が30年を経た現在ようやく実践の時期を迎えているわけだ。時代と共に細分化され続けたデザインは今、ユニバーサルデザインとサステナブルデザイン、そしてエコロジカルデザインという互いに多くの共通項をもつ概念に再統合されつつある。
突き詰めていくと“笑顔”に行き着く
 しかし、これらの概念は決して「万能薬」ではない。かつて「デザイン」という言葉が商品開発や販売促進の万能薬であるかに喧伝されたのと同様である。むしろUDは、かつての「処方箋としてのデザイン」とは対極をなす、「作らないこと」も含めてものづくりやシステムづくりの総体を追い続ける、デザインそのものの健康回復と増進の思考でもある。
 「UDとは、柔軟でホリスティック(総括的)な運動そのものであり、文化成長のエンジンである」と、UD誌の創刊者で編集発行人の梶本久夫氏は言う。「UDを突き詰めていくと“笑顔”に行き着く」とも氏は言う。デザインの目的のひとつが「美」であることに異論の余地はない。しかし、それにもまして重要な目的は「使い手の幸福」である。今デザインに求められている大局観とは「美と幸福のためのデザイン」に他ならない。UDの概念とは、それを改めて追求し直すための包括的かつ実践的な思考のツールなのである。
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